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「心配」=「真の愛」

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ワタシを心配してくれた友人が、パワー送るぞ!とくれた島田の山寺のスギ写真。
ありがとう。「心配」=「真の愛」。心配を打ち間違えたら真の愛と出た。
ユルリさんのブログ、素敵なフォトとポエム^^→ユルリの日々ユル時間emoticon-0152-heart.gif
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by yogabeaware | 2012-02-24 12:40 | 日々。。

創造の芽よ、出よ!

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・・・・・が、英知に基づいた反抗があり、・・・・・
それは自分自身の思考と感情に気づくことによって得られる 「自己知 ~  self-knowledge  ~」とともに起こる。経験が起こるつど面と向かい、経験による動揺を避けない時にのみ、われわれは英知を高度に覚醒させていられる。 そして高度に覚醒された英知が 「直観 ~  intuition  ~」
であり、それが人生における唯一の真の導きの杖(ガイド)である。                                                             (『クリシュナムルティの教育原論』2p)
    

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つぎつぎ起こり来る”経験”から目をそらさずに
ただありのままを受け入れることで、私たちは
成長し、真実を直観する目が養われる、と思いませんか?
経験を自分好みにゆがめては自分の得・徳にならない。
無抵抗にありのままを受け入れることが成長への一歩。
しあわせへの一歩。深く生きることの第一歩。
辛い、苦しい土壌からの新しいクリエーション。
そこから創造の芽が出る!
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by yogabeaware | 2012-02-18 16:25 | じぶんをみつける

3月のヨガのお知らせと呼吸法について

emoticon-0155-flower.gif3月ヨガのお知らせです@東京emoticon-0155-flower.gif

①3/12(月)@三鷹の沙羅舎にて、10:30-13:00 (開場10時)

②3/19(月)@東小金井のマロンホールにて、10:00-13:00 (開場10時)

emoticon-0169-dance.gif場所と、時間が微妙に違うのでお間違えないようにしてくださいねemoticon-0170-ninja.gif



さて今回は新たな呼吸法にもトライします。



人間を含め全てのものは「エネルギー」で成り立っています。それは私たちの「生」を司る大事なものです。
でも、クセ、簡単にいえば「自分のクセ」によって、食生活、姿勢、心の持ち様などが健全・調和・美しい「軸」からズレていき、
「ズレ=アンバランスさ」がエネルギーを停滞させる方向へ(凄い力で)持っていってしまいます。
すると疲れたり落ち込んだり、躁や鬱、ひいては病気になったりと、心身がアンバランスな状態になるのです。



呼吸法には以下のメリットがあります。



①呼吸法という技術を使って、「呼吸観察に集中する」ことで、心が静まります。

肉体への影響としては、交感神経系統のバランスが整い、ホルモンバランスが整います。
これは、血圧、心拍数、血糖値、酸のコントロール、筋肉のコントロールとつながっていることは勿論、
自律神経に作用し免疫力を高めます。

また、脳が正しく鍛えられ、ストレス耐久力を増します。

そして肉体が安らぎます。すなわち脳、神経、体液、臓器があるべき状態/あるべき場所へ戻るということです。
これは自分の自然治癒力 (SPONTANEOUS HEALINGと言われています)
つまり、元の、健康(=あるがまま)に戻ろうとする、内側から発生する自発的な自らの力であり、
それが開発されます。



②心が静まると普段感じているよりも、もっと細かいこと / よりミクロな物事 /
より精妙で、目に見えにくい事実が見えてきます。
たとえば目を閉じていても、はっきり感じたり体験したり出来るようになり、
自分が関われる世界が拡がっていきます。
そしてそれを繰り返すことで、より確かに状況・物事・世界を見る力がついてきます。

・肉体に関していえば、自分の筋肉のつきかたをはじめ、体調、からだのしくみなど理解し始めます。

・心に関していえば、自分の考え方のクセや他人の傾向が分かりやすくなって判断力が上がります。

・魂(生き方)に関していえば、自分の軸が見えてきます。

呼吸法とは、自分の肉体を使って行う実験のようなものですが、それをやってみて起こる結果は全て自分の体験ですよね。
自らの実体験により軸が確立されるということなのです。

本や教科書を読んで得た軸や、
ただ信じなさいと根拠なく勧めてくるファッションや常識やヒーラーなどで得た軸では不安定極まりないのですが、
自分の体験で得た軸は、安定していつも変わらずそこにあり、そして自分に平和をもたらします。

あらためていえば、
自らの実体験によってのみ、自分の軸が確立されるということです。
呼吸法はそれをサポートします。



③また、呼吸法という技術は人類が何千年もかかって、世代から世代へと、開発され受け継がれてきた
「生命にまつわる科学」です。「命をつかさどるエネルギー」という領域の科学なのですね。

それを停滞させないように流してあげること、
活性化してあげること、
エネルギー=生きるちから(生命力)をたっぷり与えてあげること、
それが呼吸法の最大の目的かつ利点(メリット)です。



④サイゴ、シンプルにemoticon-0102-bigsmile.gif
呼吸が変わるとアーサナ(ヨガのポーズ)がラク・楽になってくるemoticon-0105-wink.gif
呼吸が変わると心が快活になるemoticon-0118-yawn.gif

イェイ
3月ヨガお楽しみに
興味ある方はご連絡ください→
yogabeaware@gmail.com
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by yogabeaware | 2012-02-18 00:39 | ヨガクラスの内容

シャヴァーサナ(屍のポーズ)②

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(前回より)
再検査の結果を聞きホッとして帰って、
シャヴァーサナになる。

仰向けになってとことん脱力へと向かいながら、
びっくりしたのは自分がいかに身体に緊張を保っていたか。ギュッと縮こまっていたか。
防御の姿勢でいたか。

シャヴァーサナは死体(屍)のポーズともいう。

それは肉体が究極にリラックスしている状態であり、ヨガアーサナの中でもっとも難しいと言われており、
私もそう思う。
このポーズに身をゆだねればゆだねるほど、どこまで行ったら究極のリラックスに出会えるんだろうと思うし、出会えたらなんてしあわせなんだろうと思うし、
死はしあわせの第一歩なのかしらんとも思う。


            ☆       ☆       ☆       ☆       ☆


この日の心の状態は → ” もはやこれまで!もう、観念!!”
シャヴァーサナでいながら「もう、観念!わたしはなんにもできないんだから」
という想いでいっぱいであった。

わたしはなにもできない

と思った瞬間に、
身体からすうーっと力が抜けた。
縮こまっていた右のお腹や左の腰骨や足の付け根やお尻や肩や首が
ゆっくりどんどん
在るべき場所へ戻っていった。
自然な位置に戻っていった。
身体が楽になったら、
感情が安まり、
心が落ち着いてきた。

しまいには

なにもできない自分でいいんだ

って今のまんまで満足な気分に満たされていった。
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by yogabeaware | 2012-02-17 23:44

シャヴァーサナ(屍のポーズ)①

私の母が乳がんで亡くなったのは小学校6年のとき。
3回の手術と放射線治療を3年に渡ってしたけど無駄だった。
私は癌がどんなものなのかをまったく知らず、周りの人も私にまったく知らせず、
私は母が入院して淋しいけれど、なんだか特別な人になったようで得意な気もしてた。

あのころ、「私のお母さん」と「病気」と「死」が線で結ばれていなかった。
だから死はまるで突然だった。
「私のお母さん」には起こるはずのないことだった。

見舞いに行く予定のその日、周りの人は危篤の母と幼な子の面会に気をもんでいたらしい。
いつもの学校の朝、いつもの朝礼前の教室。
職員室から電話が鳴り、友達がとる。
名前を呼ばれるとなぜか涙があふれた。
校門で、事情を知った。
だけど、
乗ったタクシーから外を見てると、まるでお母さんが死んだなんて嘘のようにいつもの日常が在り、
私は好きな歌を心でハミングもした。
はっと気づいて自分はなんてやつなんだろうと思った。

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がん患者の子供の発症率は50%らしい。
だったら50%の確率で私は癌になる。
だけど検診を受けるなど積極的に対処してきたわけじゃなく、私はずっとそれから逃げてきた。
50%の確率で癌にならないほうに、ずっと逃げていた。
今年、5年ぶりに受診したマンモグラフィーの結果は、「要精密検査」。

再検査もしない前から私の中で、「検査結果」と「癌」と「死」は、結ばれていく。
放射線治療、ホルモン治療、脱毛、吐き気、手術etc.へと想いをはせ、
死に対する恐怖と、それを受け入れようとする努力が襲いかかってきた。
すべてを死の方向に考えはじめた。
それをいかに冷静に迎えるかに心は集中した。
家族には強気に、堂々と、今後のことをしゃべるわたし。
しかし・・・
表面は努力しても実際はまったく冷静ではおれなかった。
恐怖心から、乳腺腫瘤という病名について調べることさえ出来なかった。
死の猛襲に無抵抗なわたし。
ただただ、恐怖でいっぱいの「まな板の上のコイ」だった。

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結果は経過観察とのことだった。今のところ悪性ではないのだろう・・・ほっとした。

考えてみると、自分はなんて自己満足マンでかっこつけマンだったろうと思う。

ヨガに出会い、魂は永遠だという哲学に心おどった。
それが本当なら母の若死にも意味がある。
ひとが生まれる意味も見出せる。
この世ですべてが完結するわけじゃない。
「死」ですべてが終わるわけじゃない!
自分は変わったと思った。
やっと、、生まれた意味を見いだせたと思っていたのに・・・

今回身をもって知ったよ、「見出した」と思ったものなんか、「死の恐怖」の前にはガラスのコップみたいなもんだって。

この世がすべてだと思う想いのなんとしつこいことか!
肉体が死ぬことに対する恐怖のなんとしつこいことか!
母が亡くなったことへの私の複雑なる思いのなんとしつこいことか!
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by yogabeaware | 2012-02-16 16:57

自己成長のものさし

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  「自身の成長を測る最もよい基準は、一切の区別なく誰をも愛することができるかどうかです」
                         (swami medhasananda)
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by yogabeaware | 2012-02-08 09:58 | スワミ・メーダーサナンダ

♪RAMAKRSHNA SHARANAN♪

♪RAMAKRSHNA SHARANAN♪ ♪(辛いことがあったら)シュリ・ラーマクリシュナに避難しよう♪
人生何があっても踊って楽しむのですemoticon-0152-heart.gifインドのお坊さんたちはシンプルで清々しくて明るいemoticon-0155-flower.gifだから好き
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by yogabeaware | 2012-02-05 19:19 | ラーマクリシュナ

明日から札幌雪まつり

さて。。。
寒いっっッ

しかし明日から雪まつりなのだーっ
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                                     (2月6日~12日まで札幌大通公園ほか!)
     
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by yogabeaware | 2012-02-05 19:02 | 日々。。

慈悲って・・・

     去年は「慈悲って何?って、ずっと考えていて。。

     慈悲って「同情」とか「愛」とは次元が違う気がして、、e0200565_10454974.jpg 

     それには「エゴ」ってものが寸分も入ってない気がして、、

     慈悲深く生きられればなんて素晴らしいかと思うけれども、、

     慈悲って人間にできることなのか・・・?

     それは私から遠くにある気がした。

 




昨秋のインド巡礼の旅。
参加者の半数が激しく体調をこわした。
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私はスロースターター、様子見の人間。
物事が起こってもどうしたらいいかわからない不器用者。
大体、他人の看護なんて得意じゃない。
いかにも善人のように看護の先頭をきることが出来ない。


でも、インドでは出来た、、というより「してた」。
こんな私がよ~、
熱にうなされるひとを自分のように感じて足をさすり、身体を支え、近くに添い寝し見守る。。
善人ぽくて見られたらイヤだとか、
専門家じゃないからわからないとか、
他の人がやってくれるのを待とう
という考えは浮かばず、ただ病人が元気になる手伝いをしたかった。


・・・
元気になったある方の第一声。
「看病してくれてありがとう。
みんなが近くにいるから安心だった。
私は病気をしたお陰で、一度に娘がこんなに出来た!」
と私たちを見ておっしゃった。
あれは忘れられない宝物。

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帰国して誓ったんだ。
もしもそれが愛に基づく行為なら、怖れずにそれをやろう。
もう様子見はやめにしよう。
傍観者はやめよう。
行動しよう。

そしたら、私のハートの中の何かが変わった気がする。

「慈悲」「愛」「同情」・・・その違いって何なんだろうって、震災後ずっと考えていた。同情だけではない、もう一段階上の世界に進まないと、何も変わらない気がしてる。

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by yogabeaware | 2012-02-04 01:28 | あい

「慈悲」って?

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師・ラーマクリシュナの最後の病気のあいだは、
弟子が階段に座って誰も師の部屋に入れないように見張っていたものだった。

ある日、彼は起き上がり、
「私の手と足が焼けつくようにひりひりする。どうか、ガンジス河の水を持って来て私にかけてくれ」
とおっしゃった。
まったく、落ち着きがなかった。

私は「どうなさったのですか?」と尋ねた。

彼は、
「私は何人かの親しい弟子たちと一緒にこの世にひそかにやって来た。
それが今やラームチャンドラが私の名前を広めている。
彼はあらゆる種類の人間をここに連れてきて、彼らに触れて祝福するように頼むのだ。
どれほどの重荷を私は背負わなければならないのだ?
私はこれらの人々の罪を引き受けてこの病気になったのだ。
ごらん。私はこの世にこれ以上とどまらないだろう」
とおっしゃった。

私は、
「いえいえ、あなたは訪問者に会う必要はございませんし、誰かに触れる必要もございません」
と慰めた。
それから私はガンジス河の水をお持ちし、師の手と足を洗った。
すると、師は徐々に落ち着きを取り戻された。

師の身体はとても純粋であり、師は同情に満ち溢れておられ、魂の教育者であった。
彼の御足に触れている間、人々は実に多くのことを願った。
多くの人は師を批判することすらした。
しかし、師はそうした人々の霊的責任も引き受けられた。
医者は師の喉の出血を見て、師が話すのを禁じた。
しかし師は信者のために最後まで話をされた。

ラーマクリシュナとは1800年代に生きたインドの実在の聖者。彼の従者の回想録より、引用した。

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by yogabeaware | 2012-02-03 22:40 | ラーマクリシュナ