カテゴリ:Spontaneous に気づく ①~④( 4 )

spontaneous シリーズ ④ ~ Spontaneous と Automatic の差異を知る方法


automatic   オートマティック (自動的) に生きると

疲れる、
だるい、
生きてる感じがしない、
人とギクシャク、
呼吸があわない、
拘束された気分、
何かに追われてるような、
人と競争してるような、
人を線引きするような、
自信がない、
自分の100%の力を知らない・出せない、
いつも楽しいことを探している、
それが終わるとさみしくなる
しあわせを楽しむより探すことに懸命だ、
マヒしている、
結局すべてははかなく終わりがあると感じている、
食べてるときがしあわせ、
食べてるときだけしあわせ・・・


        ☆       ☆       ☆       ☆       ☆ 
      


spontaneous  スポーンテーニァス (自然発生的) に生きると

FROWする、
すべてが流れる、
液体のように、
動きも、コトバも、判断も、すべてがとどまらない、
流れていく、
だから起こっているひとつひとつの事象が気にならない、
いつも今、
BE IN NOW
悪いことが起こっても、辛いことが起こっても、悲しいことが起こっても、
うれしいこと・しあわせなことでさえ気にならない、
気に留まらない、
流れていく、
なんだか神様がすべてを起こし、わたしはあやつり人形のようだ、
私は気分良くゆだねている、
いい感じ、
NICE FEELING・・・


        ☆       ☆       ☆       ☆       ☆ 
      


spontaneous と automatic

辞書で引けば、おんなじような意味の言葉

。。。。。  

気づこう。

その微妙な差異に気づこう。

日常でもヨガ・アサナのときも、いつも気づいていよう。

はっきりと、

明せきに、

なんのジャッジも入れぬ、

透明な視線で、

それぞれの本質に気づいていこう。

そうした気づきの訓練の先に
まるで自分の源から溢れ出るような
行為・態度・フィーリング
spontaneousな生き方が待っている。

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by yogabeaware | 2010-12-13 23:21 | Spontaneous に気づく ①~④

spontaneous シリーズ ③ ~ Spontaneous に生きるって?

automatic については spontaneous シリーズ ② ~ Automatic に生きるって? に書いた。

そのゆだねる先はエゴで、

わたしたちは無知で、

オートマティックにエゴに主導権をとられて生きている。

 
        ☆       ☆       ☆       ☆       ☆ 
      


「エゴのうた」

自分が心・エゴの道具になってはならない

自分を道具にすると、人も道具にしてしまう、自動的に…

人はそれに違和感覚え、ギクシャクが生じる


        ☆       ☆       ☆       ☆       ☆ 
    
  

spontaneous  スポーンテーニァス 
はそれとはまったく異質だ。

わたしのゆだねる先は
自分の心やエゴなんて小さいものじゃない。

それらのもっと親玉のような、

自分が生まれた理由を知っているほどの、

自分の奥の叡智とつながっているような

BIG I (ビッグ・アイ)、ほんとうの自分。



        ☆       ☆       ☆       ☆       ☆ 
    
  


それはオートマティカリーな自分をリラックスさせたときに感じ始める。

つまりエゴをゆるめたときに感じ始める。

私が空(くう)になったときに感じ始める。


気づけば、

いつも何を行為しているのか、

何を考えているのか、

いつも自分を詳細に、

クールに気づけば、

自然に自分が空なる感覚はやってくる。


こうしてエゴをゆるめる楽ちんさにゆだねていくと、

エゴをゆるめた先の 「BIG I」「大いなる存在」が在ることを発見する。

それが人生の主人公なんだって発見する。

開眼する。



        ☆       ☆       ☆       ☆       ☆ 

    
  

spontaneous とはまるで自分がいないかのように生きること。

どうか恐がらずに、

自分を「空(くう)」にしたら、

この瞬間瞬間を、

どのように動くのか、動かすのか、生きるのか

自然に知ることができる

大いなる存在が自然に動かしてくれる

それを YOGA と言い、

spontaneous と言うよ。

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by yogabeaware | 2010-12-13 11:20 | Spontaneous に気づく ①~④

spontaneous シリーズ ② ~ Automatic に生きるって?

・ spontaneous スポーンテニァス [形容詞] (現象が)自然に起こる,自然発生的な

・ automatic オートマティック [形容詞] 1 〈機器などが〉自動(式)の  automatic control 自動制御.2 〈行動などが)無意識の,機械的な,反射的な,習慣的な;(感情などが〉自然に湧き出る)


Spontaneous については先日 spontaneous と 「いま・ここ」に書いた。

では 、似たような意味の言葉、
spontaneous と automatic との違いはなんでしょう・・・?


        ☆       ☆       ☆       ☆       ☆ 
      


寝て起きて身支度して食べて飲んで呼吸をして心臓が鼓動して怒って笑って泣いて驚いて・・・

わたしたちのこの毎日はごく自然に自動的に起こっているようだ。。

でもちょっと考えてみて?

ほんとうにそうだろうか?

 
・わたしたち現代人はより浅い呼吸になっている。
 
・混雑した朝の駅、人にぶつかられただけで、心が、身体がこわばる。


これらは、わたしたち「日常」のごく自然な結果。

だが果たして、これらはいったい「自然」???

なんだろうか???


        ☆       ☆       ☆       ☆       ☆ 
      


もういちどよく考えてみたい。

もっと明せきに精密に行為をたどってみると・・・

ふーむ、

自然な行為・・・

というよりも、嫌なものだとか、ストレスだという「判断行為」ではないだろうか?

自然と言うよりも、

「判断」という行動を、

わたしたちは超速球のオートマティカリーにとっているのではないだろうか?

そうなのだ

本人が判断していることさえわからない、

目にもとまらぬスピードで!


        ☆       ☆       ☆       ☆       ☆ 
      



ところで、「判断」には「判断する人」がいるハズ。

ぶつかってなぜ謝らないんだと、判断しているのは何だ?

一体、

それは、自分???

ここで、もっと精密に考えてみよう。落ち着いて・・・

フム・・・

ジャッジしているのは、自分・・・というより

自分がいちいち指令を出している、というより

心・エゴが勝手に判断している感覚ではないだろうか?



        ☆       ☆       ☆       ☆       ☆ 
    

  

わたしたちはあまりにもオートマティックに生きすぎてる。
瞬間瞬間の判断を、なにがしてるかなんて、感じる暇もない。
あまりにも、心・エゴのジャッジが素早すぎて。
あまりにも、心・エゴの動きがオートマティックすぎて。
それすぎてわたしにはそれらの姿はほとんど見えない。
見えないから、自分で自分が何をしているのか、行動の本質が理解できない。
いわゆる「無意識」に生きてる。
表向きは意識的だがほんとは無意識。
表向きではわたしが主人と思いきや、
内実は心・エゴにその座を奪われている。
わたしは心・エゴに従属し奴隷になっている。


・・・こうしてわたしたちは心にエゴに、二重、三重のわなを仕掛けられ、騙される。

わたしたちがまるで機械のように、

どの瞬間も自動的にエゴの道具になっている様子、

それを automatic と言う。

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by yogabeaware | 2010-12-13 10:44 | Spontaneous に気づく ①~④

spontaneous シリーズ ① ~ spontaneous と 「いま・ここ」

spontaneous スポーンテニァス
形容詞]
1 (現象が)自然に起こる,自然発生的な.
⇒VOLUNTARY  the spontaneous eruption of a geyser 間欠泉の自然噴出.
2 自発的な,任意の
e0200565_1024711.jpg
Bihar Yoga 出版の 「Asana Pranayama Mudra Bandha」

この本のアーサナや呼吸法の解説文に
「spontaneous」という単語がよく出てきていた。
でも spontaneous のイメージは、わかるようなわかんないような、
なーんかよくつかめなかった。

 
        ☆       ☆       ☆       ☆       ☆ 
      


ヨガを伝えているとき、
言葉をしゃべろうと頭で考えなくても、
言葉や動きがつらつらつらつら湧き出してしまうときがある。

それはまるで私が喋ったんじゃないようで、
だれか、大いなる存在のような人がパペット人形の私を操っているようで、
私は自分の口から出た言葉に、へえ~と感心してしまったりする。

それはすべてが自然・・・
満ち足りて・・・
不思議な・・・
静寂な幸福感・・・

        ☆       ☆       ☆       ☆       ☆ 
      

ジャパ(マントラの復唱)は、ダーラナー(一点集中)の段階でアジャパに変容し、
そこではマントラがどんな努力もなしに自然発生的に復唱されます
(その段階がより高まると) 実践者の全存在はそのマントラと共に脈動し始めます
ジャパは口からやってくるけれど、アジャパは呼吸とハートからやってくると言われています
                        (以上、スワミ・ニランジャナーナンダ・ジの解説による)

ジャパ」(マントラ/聖音の復唱)に、否定/~でないの意味の「」が付くと、
ジャパ」・・・
ムム、ジャパではないジャパ!?
とは、
どんな努力も必要ない
自分の意思が必要ない
自然にマントラが湧き出てしまう

ダーラナー/一点集中瞑想・・・

WAO! Wonderful!!
 
        ☆       ☆       ☆       ☆       ☆ 
      

アーサナをしているとき
次のアーサナを、頭でなく、決まった順番でなく、身体が知っている/欲しているときがある。

呼吸法をしているとき
やっていいのか知識はないのだけれど、あるムードラをやってみたくなるときがある。

手の、足のいきたいようにアーサナをさせて」とはスワミ・ヴィスワルーパナンダジの言葉。
 
        ☆       ☆       ☆       ☆       ☆ 
      

「いま・ここ」に生きる
e0200565_1195471.jpgって本に書いてあるけれども、わかるようでわからなかったこと。
わかりやすいようで、わかりにくかったこと。

spontaneous
spontaneous というフィーリングが「いま・ここ」への扉の鍵かもしれないと思った。
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by yogabeaware | 2010-11-30 11:12 | Spontaneous に気づく ①~④