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究極の「正直」

「正直に生きる」・・・私が本当の意味でヨガに出会った時に与えられた課題だ。
今では自分の生をぶれずに生きるための良い指標になっている。
そしてときどき振り返って考えるのだ、はて、正直に生きることって???って。



インドのカルカッタで100年くらい前に生きた、「M」ことマヘンドラナート・グプタ(またはマスター・マハサヤ)
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について、OSHOことラジニーシが『私が愛した本』の中でこのように述べている。


次の選択は、不思議な人物の書物だ。
彼は自分を「M」と呼ぶ。
私は彼の本名を知っているが、彼は決して誰にもそれを知らせようとはしなかった。
彼の名前はマヘンドラナートという。

彼は、ラーマクリシュナの弟子のベンガル人だった。
マヘンドラナートは、何年も何年もラーマクリシュナの許に付き従い、自分の師の周りに起こることをどんなことでも記録し続けた。
この書はMによって書かれた『ラーマクリシュナの福音』として知られている。
彼は決して自分の名前を明かそうとはしなかった。
彼は無名のままでいたかったのだ。
それこそが真の弟子のやり方だ。
彼は自分自身を完全に消し去った。
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ラーマクリシュナが死んだ日、驚くだろうが、Mも死んだ。
彼にはそれ以上、もう生きるべき理由がなかったのだ。
私には理解できる・・・・・ラーマクリシュナが死んだ後では、死ぬことよりは生きることのほうがはるかにむずかしかったに違いない。
師のいない世界に生きるよりは、死ぬ方がはるかに至福に満ちていた。

たくさんの導師(グル)がいたが、その師について報告するMのような弟子がいたことは決してなかった。
彼はどこにも姿を現さない。
彼はただ報告している---自分とラーマクリシュナについてではなく、ひたすらラーマクリシュナについてだ。
その師の前に彼はもう存在しない。
私はこの男とその書、そして自分自身を拭い去ろうとするその途方もない努力を愛する。
Mのような弟子を見つけることは稀なことだ。
ラーマクリシュナはこのことでは、イエスよりもはるかに幸運だった。


これを読んだ時、
自分の印象を100パーセント消し去るとことの清々しさを感じた!
晩年、Mさんの口からあふれでる言葉はすべて師・ラーマクリシュナに関することだけだったという。
「真理」にまつわること以外は沈黙・・・それこそ究極の正直だと思った!
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by yogabeaware | 2012-04-14 19:11 | Mさん