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宇宙の中に宇宙をみる

ハタヨーガの源流、 タントラは、  大宇宙の中に小宇宙をみる   小宇宙の中に大宇宙をみる  という。
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そういえば、ヨガ・アーサナをしているとき、

この肉体が小さな宇宙のようだ・・・

いま私は、宇宙となってひとつにまとまり調和している・・・


って感じる時がある。。

からだの細胞が、血液が、内臓が、神経が、骨が、筋肉が

もっとも自然な状態で、もっとも自然な場所に在り、

お互いがが独立し、お互いが支え合ってる、

呼吸も、心も・・・

まるでそれが当たりまえかのように、必然かのように

なんの束縛も、なんの負担もない

宇宙の神秘性に満ちてすべてがおさまっている・・・!!!

まるでシンフォニー

まるでハーモニー。。。




そういう感覚、そういう実践、そういう生きかた、

もしできたら

なんだかすべてがOK!にいきそうだ!

すべてがWELLCOME!

すべてがスムーズに流れそう!  

ヨガ・アーサナをするとき
仕事をするとき
家事をするとき
いつでも

「私は、この宇宙を観ています」 そんな感覚 !  
          


宮本武蔵 著 「五輪の書」水・風の巻 より

みるには、全体を「観る」と細かく「見る」のふたつある
「観」の目を強くして、敵の心や場の様子、戦いの状況をとらえよ
小さく「見」れば、大いなることを忘れ、迷う心が生まれ、勝ちを逃すことになる

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by yogabeaware | 2011-03-07 07:30 | みる

いいことも悪いことも同じようにトゲである

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(当時の日記)


気持ちいいことに執着しはじめている自分

そこから

進歩しない自分

感じてた







          ☆          ☆          ☆          ☆          ☆ 
      


身体を動かすヨガをやってきて、

正直に「気持ちがいい~」

ということがヨガを続ける原動力だった。

そこに、

Be Aware =「観察し続ける」「気づき続ける」という行為が入るんだよ、ということは後で知った。

確かに、アーサナをしているときに「自分は伸びないなあ」「できないなあ」

などの negative feeling が発生した時、

深呼吸して、

考えず、ジャッジせず、ただただ見続け観察してると、

negative が溶けていってなくなる感覚がある。

そうすると心にバランスがとれて、安定する。

SHANTIH。。。

だが、ムムム?

だけど、

むむむ?

ポジティブな時、

気持ちよい時、心地よい時、しあわせな時にも、

その喜びに包まれるのではなく、

ただ観察し、気づき続けるのー???

せっかくのしあわせなフィーリング、半減しそうじゃん・・・


          ☆          ☆          ☆          ☆          ☆ 
      


この夏にインド・リシケシからスワミ・ヴィスワルーパナンダ・ジが来日されたが、
アーサナでも呼吸法でも寝ていても(!)
常に対象物を見ている自分に気づき続けることを言っていた。
対象物に巻き込まれているから束縛されるのだ、
ほんとうの自分はいつも対象物から離れて見ている、解放されて自由な Pure Conciouness なのだ、と。


自分の疑問をスワミジに聞いてみようと思ったが、聞かなかった。
自分の疑問の答えはほんとうはわかっていた。
「ポジティブもネガティブもすべてのことを気づくのだ」ということ。。
そうすべきなのはわかっていたけど実践するのがイヤだった。
私はもうすでに気持ちいいことに執着しはじめていたから。
「あの、気持ちいい体験」をもう一度、もう何回でもしたいと思っていたから。


スワミジが来日して、20回ほどレッスンを受けて、
、、、
やってみた、
気持ちいいことやしあわせなことにも気づき、観察すること。。



          ☆          ☆          ☆          ☆          ☆ 
      


「無」であるかのような静寂と・・・
しあわせにも酔わない不動性・・・が、きた。
それは今まであんなに手放せなかったしあわせや気持ちよさとは
レベルの違う、より包括的と言ったらいい?
よりwholeな、よりトータルなしあわせ
。。


          ☆          ☆          ☆          ☆          ☆ 
      


スワミ・ヴィヴェーカナンダの言葉。


ここに困難があります。
解脱とは完全な自由のこと、つまり、悪の束縛から解放されると同時に、善の束縛からも解放されることなのです。
黄金の鎖も鉄の鎖と同様に鎖です。
私の手の指にとげがささったとします。私はもう一本のとげを持って来て、それでとります。とれたら、とげは二本とも捨てるでしょう。第二のとげをとっておく必要はありません。結局どちらもとげなのです。
そのように、悪い傾向は善い傾向によって中和されるべきであり、心に刻まれた悪い印象は、ほとんど消えてしまうか、または弱められて心の片すみに小さくなるまで、善い印象の波によって除かれなければなりません。
しかしそのあとで、善い傾向もまた、征服されなければならないのです。
このようにして「執着している人びと」が「無執着の人びと」となるのです。

(『カルマ・ヨーガ』69P)

                よいしょっと。  om の象に乗る。  写真は南インドでの象乗りツアー

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by yogabeaware | 2010-12-06 01:00 | みる