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カテゴリ:じぶんをみつける( 6 )

ニ種類の謙虚さ

謙虚であること ~ なんて素晴らしい質!
注意すべきなのは、そこにはニ種類の謙虚さがあるということ。
自分は何もできないことを知られたくない、守りの謙虚と、
自分は何もできないことを知られることに何の恥もない、オープンな謙虚と。
「〇〇チャンすごいね、私には出来ないな~」
表面にはおんなじ言葉でも、偽りの謙虚さには違和感が残る。

偽りの謙虚しか表現できない人へ ~

一度やってみて。
自分は何もできないことを心からオープンにすることを。
それを晴れ晴れしくオープンにすることを。
自分の心の中の恐怖を相手に見せてしまうことを。

その先に、「この生(せい)」が、「生きていること」が心から楽しい、その事実が待っている!
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by yogabeaware | 2012-04-29 09:35 | じぶんをみつける

創造の芽よ、出よ!

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・・・・・が、英知に基づいた反抗があり、・・・・・
それは自分自身の思考と感情に気づくことによって得られる 「自己知 ~  self-knowledge  ~」とともに起こる。経験が起こるつど面と向かい、経験による動揺を避けない時にのみ、われわれは英知を高度に覚醒させていられる。 そして高度に覚醒された英知が 「直観 ~  intuition  ~」
であり、それが人生における唯一の真の導きの杖(ガイド)である。                                                             (『クリシュナムルティの教育原論』2p)
    

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つぎつぎ起こり来る”経験”から目をそらさずに
ただありのままを受け入れることで、私たちは
成長し、真実を直観する目が養われる、と思いませんか?
経験を自分好みにゆがめては自分の得・徳にならない。
無抵抗にありのままを受け入れることが成長への一歩。
しあわせへの一歩。深く生きることの第一歩。
辛い、苦しい土壌からの新しいクリエーション。
そこから創造の芽が出る!
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by yogabeaware | 2012-02-18 16:25 | じぶんをみつける

札幌に来て ~ 清らかさの本質

ヨガを勉強していくと、
だれしもが「ヤマ・ニヤマ(してはならぬこと・すべきこと)」の教えに出会うと思います。

でもそれらのいくつかは、私にとってはなんだか道徳律みたいで、
いやぁ、でも道徳律のような一方的な教えではないんだろうナ、
とは思うけど、
ではその本当の意味はなんなんだろう・・・

ずっと考えてた、疑問だった


        ☆         ☆         ☆         ☆         ☆      


たとえば、「Shauca(シャウチャ)」=清らかさ、純粋であること、清潔であること


        ☆         ☆         ☆         ☆         ☆      


東京から札幌に越してきて、何も違わない毎日だが、少し変わった

札幌もしくはそれは北海道だからなのか
土地に充満している「気」がとてもリラックスしている
自然も人間もリラックスしている
そんな中、時間が過ぎていくプレッシャーを感じないで生活している自分に気付く

「ああ、いったい何時だろう 。。 いや、何時でもいい 。。 時間は空が景色が教えてくれるや。。」

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あるとき、東京でやっていたことと同じことを少し丁寧にやっている自分に気が付いた

と、ていねいだから自然と整然とし、
ていねいだからきれいになり、
ていねいだから美しく、
ていねいだから清潔になる。。。

同じことを丁寧に出来る理由?

それは単に時間のゆとりがあるからではない

時間が止まるようにあるからだ

時間は動いていない

と、自然と目の前のことに集中できる

目の前のことに夢中になれる

目の前のことがおもしろくなる

目の前のことが喜びになる


ああ私は北海道という土地の持つ恩恵を受け、都会と違う時間の感じ方が出来る環境を与えられ、
ありがたや!これが「今、この瞬間」に生きるということなんじゃないかって感じてる!

こうして「今、この瞬間」に生きるってことが Shauca なんじゃないかって感じてる!

それが Shauca の真髄、Shauca の本質じゃないかって感じてる!

だって

時間にしばられて生きてごらん

いっきに

汚く

雑然と

もうろうと

機械的に

愛情がなくなる。。。



        ☆         ☆         ☆         ☆         ☆      


Shauca とは「今、この瞬間」に生きることだ

それなくして浄化はない

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by yogabeaware | 2011-08-07 00:24 | じぶんをみつける

迎合しない生き方

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講演会の最後で、会場からのたくさんのアンケート用紙に書かれた質問に答える佐藤初女さんは、

映画や本の「演出」というフィルターがまったくかかっていない、

素のままの初女さんだった。

なににも迎合していなかった。

観客の喝さいにも、

爆笑にも、

拍手にも、

アンケートの内容にも・・・

彼女は彼女のいま・ここを生きていた。

彼女を「クールだ」と感想を持った人がいた。

そのとおり。

冷静。

あまりにも冷静で、固執しなくて、淡々としているので、

がっかりした人がいたんじゃないかな、

彼女なら震災の答えを出してくれるかもと。



・・・初女さんは迎合しません。むだに話しませんでした。
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by yogabeaware | 2011-06-08 23:45 | じぶんをみつける

沈黙を欲したとき

ヨガをやってる人にもいろんな人がいる。。。



2年前、南インド・ケララ州 ネヤーダムにあるシヴァナンダ・アシュラム(International Sivananda Yoga Vedanta Centre)
で約一カ月過ごした。
ハタヨーガの指導者資格取得のため、インドのアシュラムを体験したいため・・・

100人近くの世界各国から集まった老若男女、6時から9時までの濃密なスケジュール!!
ただ没頭して対処することしかできなかった。
没頭して生きることしかできなかった。
そんな、前半を夢中で乗り越えて、
後半、
・・・、
後半、
周りを見渡す余裕が出てきたとたん、だった・・・!
あっという間に私は周りのエネルギーに呑みこまれてしまった!
周囲が急速に拡大していき、私は縮んでいく。
「ヨガ」という大項目の下、いろんな人がいろんなことをしていた。
前半に居た「無色透明の私」
それはあっという間にどこかにいった。
ヨガの本場インドのこのアシュラム!
そのアシュラムに堂々と居たはずの「私」!
それは今はまるでおびえてしまった。
見た目はどうでも、心は周囲の混沌におびえた小動物のようだった。
草かげに隠れて目玉をきょろきょろさせてた。
そこで生きるために必要と思われる種類の「エゴ」を盾に・・・
だけどその「エゴ」がまた、
苦しくて、私は目をふさぎたい、耳をふさぎたい、口をふさぎたい。
静寂が痛烈に恋しかった。。。
私の居場所はここじゃないと感じた。。。

害した健康もそのまま、私はなんだか黄色くなって帰ってきた。
迎えただんなさんは、どこの発展途上の国から来た貧相なひとだろうと思った。



日本でもおんなじだった、ヨガをしている人にもいろんな人がいる。。。

いわゆる「良いひと」、いわゆる「悪口を言わない」、いわゆる「他人にゆずる、奉仕する」etc
・・・
って、、
ヨガをする人たちだからと言って、
みんながみんな、そんな徳にたけた人たちばかりであるはずがないじゃないかーっ!!!
私はなに、周りに、外に期待してたんだろう。。。
ああ、がっかりだ。。。
周りにも自分にもがっかりだ。。。

周りや外は、自分の期待の的からそれる時期が必ず来るものなんだ。
移ろうものなんだ。
必ず期待はずれの時が来る。
信頼をおくには十分じゃない。
私は信頼できるものを探したいんだ。
全身全霊を安心してゆだねれられるものを探したい。

MOUNA ~ 沈黙 

身体が、心が、魂が、それを探すには Mouna が必要だと欲しているようだった。
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by yogabeaware | 2011-02-24 08:54 | じぶんをみつける

残酷さへの気づき 1

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批評する行為・・・
自分の立場・考えをしっかりと理解しているひとの、賢い行為だと思っていた。
自分の芯を持てているような気がして、憧れた。
若者の頃は、その術を身につけたくて、わからないまま小林秀雄など読んだりした。
で、自分で自分をアタマ良さげに感じたりした。
テレビのコメンテーターという人たちがかっこよく見えたりした。


だけど最近ひどく残酷に感じてる

批評する行為というものを

誰でも彼でもが批評家になれる、今の社会

誰でも彼でもが身近な人を、すべての芸術を、遠くの時事問題を、想像して、批評している

だけどそんなのなんだか辛い

なんか聞きたくない

残酷だ

残酷だよ

ああ、彼らのいったい何がわかるというのだろう

いったい何が?

いったい何をもってそんなに確信めいて言うのだろう

ああ、彼らにはいろんなものがつながっているんだ

そんな、つながるいろんなものまで傷つけて

そのつい出てしまうその言葉で

正しいことを言っている、というその思いの力で

傷つける

やいばは連鎖する

その連鎖がまたひどく残酷なのだ

なぜ?

なぜ、あんなに賢いのにそこまで考えが及ばないのか

あなたの力が空間を伝わってもっともっと傷つけることになるかもしれないということまで

なぜ思いもよらない



思いもよらない

そうなんだ

私もそうであるように

誰しもそんな、自分が何かを傷つけるなんて、思いもよらないのだ

それが残酷だ

ただ残酷だとしか言えない

これは、

そういうことなんだ
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by yogabeaware | 2011-02-12 18:55 | じぶんをみつける