ヨガアーサナの効用 2

強制してはならない。
ヨガのポーズをとるときに、力を使って強制してはならない。
だからといって、だら~んとするのではない。
力を入れず、只リラックスするのではない。                 (前回のブログより)



言われてもどういうことだかわからないよね。

ヨガの先生や本では不十分。
自分の内側に「ガイド」が必要だ。
何をガイドにするか?
と迷っていたとき、「ヨガ」という言葉の中にヒントはあった。

ヨガとは「合一」とか「バランスをとる」という意味。→そう、「バランスをとる」ということをガイドにしよう。

・左右の、前後のバランスがとれるように。

・バランスがとれて、

・どこにもモヤモヤやよどみがなく、

・すっきりと透明な軸を探して。

こうしてバランスというガイドを頼りにポーズをとってみると、
やがて軸が見えてくるのだ、ポーズの軸が。
どんなポーズをとるときにもぶれない軸。
それが徐々にわかってくる。

そして軸を中心に、
身体を曲げたり伸ばしたり縮めたりして、ポーズが展開されていることがわかってくる。
=ポーズの本質に近づく。
=ポーズの理解。
理解されてくると、
強制ではなく、ちからづくでなく快適にポーズをとることができるようになってくる。

ここにはもっと深い意味がかくされている。
↑↑↑バランスをとる、ということには。
バランスをとるには状況の理解が不可欠。
左と右のバランスをとるには、左のことも右のこともわかっていないと。
無意識でぼんやりとしていては無理だ。
はっきりと明晰に理解していないと。
また当り前のことだが、

左右のバランスをとるには左も存在し、右も存在しないと不可能だ。

私はこう思っているの。

いいことも悪いことも
喜びも悲しみも
存在しないと
バランスはとれないのだ。
それらが存在しないなら、、、
つまり喜びだけでも
悲しみだけでも
この世は存在し得ないのだ。
それらの多様な存在に意味があるのだ。
そう思う。
そしてそれらの存在の意味を理解し、ついにバランスがとれたとき、わたしたちはそれらを超越できる。
左と右、いいことと悪いこと、二元性を超越できる。
そんな至高の体験を、
バランスの軸をとりながらヨガアーサナをすることで、わたしたちは疑似体験できるのではないか。
わたしたちはこのようにヨガアーサナをすることで、
善と悪、光と闇、愛と憎しみという二つの極を超越し、
均衡と平衡の調和の境地の疑似体験をしているのではないか。

そう考えると、ヨガアーサナがいかに偉大であるか驚くばかりである


強制ではなく、ちからづくではなく、生きていきたい。Spontaneous Living of Yoga のホームページ → http://spontaneousliving.org/

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by yogabeaware | 2012-01-20 20:43 | ヨガクラスの内容