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慈悲の姿

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<人生を変えた出会い>

Hさんのことをお話しましょう。

Hさんは片腕がないという障害をもっていましたが、
どうしてそうなったのか真相を知る人はいませんでした。
Hさんは、ときどき、歩行もままならないほどお酒に酔ったままの状態で、
司祭館にヴァレー神父さまを訪ねていくときがありました。
はじめは、ゴム紐を売りに、後になってからはお茶を売りにきていたのですが、
お茶を持たずにきてお金だけをもらって帰ることも度々でした。

そのようなHさんを見かねて、
「酒を飲んで教会に来るなんて、不謹慎だ」
と腹を立てる信徒もいました。
それでもヴァレー神父さまはいつも変わらぬ温かいまなざしでHさんを迎え入れ、
帰っていくときは必ず、
「お酒をやめなさいね」
と優しく諭しながら、その後ろ姿を身送っていました。

あるときには、Hさんの泥まみれのズボンを、神父さまが自分のものとはき替えさせてやったこともありました。
神父さまのもう一枚のズボンはクリーニングに出してあったので、替え用がなかった、
と後で神父さまのコックさんから聞いて、私は心をいためました。

ある日のことです。
市役所の保護課の人が神父さまを訪ねてきたところ、司祭館の前に泥酔したHさんが倒れて寝ていました。
市役所の人は、聖なる教会の前で何という醜態を、と思ったのでしょう。
「お前、ここで何をしているんだ」とHさんを激しく叱りました。
その声に、神父さまが静かに出ていらっしゃって、
「その人は私のお客様です」
とおっしゃったそうです。
保護課の方は恐縮しきっていたということでした。

そのようなことを繰り返すうちに、聖堂で祈るHさんの姿が見かけられるようになりました。
Hさんのこのような姿を一体誰が想像したでしょう。
この頃から、Hさんは酒を断つ決心をしました。
根気よく入退院を繰り返し、見ていていじらしいほどの努力を続けました。
そしてとうとう神さまはHさんの祈りに応え、Hさんはついに受洗の恵みに与ることができたのです。

神の子となったHさんは、熱心に教会に通い、身体が回復するに従って軽い農作業を手伝うようになりました。
また、子供たちがかわいいのでと、ガールスカウトやボーイスカウトの活動に、寄付をしてくれたこともありました。

Hさんは、主日には、一時間も前から来て御ミサの始まるのを待っていました。
始まる時間になると、Hさんは片腕と上半身に太い綱を巻き付け、全身を屈曲させて鐘を鳴らします。
その音で御ミサが始まるのです。

教会のために全身全霊を傾けて働くことが、Hさんにとっての生き甲斐でした。
どんな人も心の根底では、「いい人になりたい」と願っているのだと思います。
それなのに生活の状況が苦しかったり、周囲の理解がなかったりすると、
人間は弱いものですから、自分の本当の気持ちとは全く反対の形で、崩れた生活を送ることもあるでしょう。
しかし、Hさんはヴァレー神父さまとの出会いを得て、愛の恵みに触れ、崩れた生活を変えることができたのです。

目立つことをして名声を残すのではなく、真実に生きることが、神父さまが望まれた奉仕でした。
最も尊いことは、自分のかけがいのない大切なものをさしだす心です。
持ち物、時間、能力など、自分にとってかけがいのないものを他者に与えたときに、神さまは必ずそれ以上のもので私たちを満たしてくださいます。




<神さまはひとりひとりの中に>

神父さまの急逝はあまりにも突然やってきました。

奉仕のない人生は意味がない。奉仕には犠牲が伴う。犠牲が伴わない奉仕は真の奉仕ではない

ヴァレー神父さまがこの説教をされたのは、ちょうど大清水学園の創設の準備で奔走されていたときのことでした。
全身全霊でこのことに取り組んでいらっしゃった神父さまは、ご自身にも言い聞かせるような気持ちで、そのことをお話下さったのだと思います。
ですから、それは私の心ばかりではなく、他の信徒の心にも強く響いたのでしょう。
大清水学園は、多くの賛助者を得て創設されたのでした。

神父さまは他にも、
比較的元気な老人のために老人アパートを建て、体が不自由になったら老人ホームに入居できるようにする計画や、
ホームに保育園を隣接させる希望を持っていらっしゃいました。
老人が子供の声を聞くことによって、昔を思い出したり、元気を取り戻せるのではないかとお考えになったのです。
しかし、志半ばで、神父さまは突然お亡くなりになりました。

突然に師を失ってしまった私たち信徒の衝撃は、言葉では言いつくせないほどのものでした。
悲しみと緊張のうちに、お通夜、告別式がとりおこなわれ、そして最後のしのぶ会が終わった後、
誰いうともなく、二十人くらいの人が私の家に集まってきました。

私たちは、失意の中、今後のことについて話い合いました。
そして、神父さまが生前望まれたように生きていくことこそ、師への慰めではないかと皆の意見が一致し、
お互いに勇気づけ、力を合わせていきましょうと誓い合ったのです。

<もし一粒の麦が落ちて死なないならただ一つのまま終わる。しかし死ねば多くの実を結ぶ>
(「ヨハネによる福音書」十二章二十四節)

神さまは神父さまの急逝という苦悩をもって、私たちを、より真実に信仰に生きる道へと目覚めさせてくださったのです。

神父さまが亡くなってからは、それまで神父さまのもとを訪れていた人たちが、私の自宅に来るようになりました。
訪ねてくる方とお会いする度、この人も神父さまのもとに行っていたんだ、この人もと、あらためて神父さまの深い御心に触れ、胸が熱くなる思いでした。

人はひとりでは生きられません。誰かと一緒なら生きられます。
その誰かというのは、実はひとりひとりの中に宿る神さまなんです。

神さまは私たちの目には見えませんし、声も聞こえてこないのですが、
生身の人間、肉体を通して、私たちに働きかけてくださいます。

そのようにして神さまから招かれている私たちが、
お互いの関わりによって癒され、成長していくこと、
それが私たちの生涯にかけられた使命だと思うのです。


 『おむすびの祈り』  佐藤初女さん 著   127p / 130p より
Hさんが体に縄を巻きつけ、体を屈曲させて鐘をならす姿、なみだがあふれます。私もそう生きたい。

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by yogabeaware | 2011-05-19 23:55 | 佐藤初女